関西福祉大学 金光藤蔭高等学校

学びの場で、一人ひとりの夢にチャレンジしよう!

 私は九州の田舎で幼少期を過ごしました。野山を駆け回ったりしながら、自分の知らない世界や、達成が困難な世界を思い描き、体験したい、達成したいという「夢」を求める青少年時代でした。
 小学生の頃から、本を読むことがメチャクチャ好きで、本を通じてたくさんの「夢」を見ました。日本だけでなく、ロシアやアメリカなどの海外文学の本を読みながら、その土地の風土や歴史、様々なことに思いを馳せました。高校生の時に徹夜で本を読んでしまい、翌日の国語で眠そうにしていて先生に叱られ、その理由を言ったら、逆に褒められたことを覚えています。
 山の中を駆け回ったり、山で眠ったりするのも好きでした。岩登り、いわゆるロッククライミングを始めて、高みに挑むことに夢中になり、300〜400mの岩壁や氷壁に身を躍らせました。ここでも、天と地の空間や自然の中で、大きな「夢」を見ました。  中学生になると、航空自衛官か鉱山技師になる「夢」を持つようになりました。どちらも当時の私には憧れの職業でした。その「夢」を求め、進路先を選んだのですが、そこでの配属先や当時の日本の状況によって叶うことはありませんでした。そして、大阪の企業に就職し、設計の仕事を始めました。
 その後、30歳で教員になるのですが、それも新たな「夢」を求めたことがきっかけでした。設計の仕事は楽しかったのですが、相変わらず文学は好きでしたから、宮澤賢治について勉強をしようと、生涯学習のつもりで大学の通信教育を受講しました。その時にたまたま教員免許を取得したのです。そして、大阪府教員になり、今も教員という職業に「夢」を感じながら、仕事をしています。  こうして振り返ると、私はいくつもの「夢」を追い続け、諦め、また次の「夢」を追う中で、いつの間にか教員になっていたようです。なぜこのようなことができたのかを考えてみると、「変化への対応力」を大事にしてきたから、と言うことができるかもしれません。幼い頃から今に至るまで、たびたび新しい環境に身を置き、様々な変化に対峙してきました。そして、その中で自分がどのように役に立ち、必要とされることができるのかを、常に考えてきました。
 世の中には分からないことや難しいことがあるのは当然のことです。見てみよう、やってみよう、知ってみよう、と興味を持って取り組んでいく中で、様々なことが分かるようになります。その中で、友達ができ、喜びが湧き、変化していく自分が感じられます。  本校には、みなさんが「夢」を追い続けられるよう、普通科のなかで特色ある6つのコースを設けています。これから「夢」を探そうと思っている君、今の「夢」を追い続けようと思っている君、本校でチャレンジしてみよう。熱い心を持った先生たちが、君たちを待っています。